2006年08月
2006年08月30日
素朴な永遠のサッカー小僧、前田雅文23歳。ガンバ大阪所属、通称マエちゃん。


「とりあえずガンバで完全にレギュラーを獲ることが目標です。」
先日行われたA3チャンピオンズカップの東京遠征中に話を聞くと力強く語っていた。
昨年記念すべきJリーグ通算10,000ゴールを決め一躍名前を轟かすも、直後靱帯を損傷し約10ヶ月のリハビリ生活を余儀なくされてプロサッカー選手の光も影も経験したルーキーイヤー。
そして復活した2年目。チャンピオンチームで現在、左サイドハーフでスターティングメンバーに名を連ねている。
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前田雅文、23歳。ガンバ大阪所属。通称マエちゃん。
攻撃的なポジションならどこでもこなせる。
ユーティリティ性と勝負強さで西野監督の信頼も厚い。
マグノアウベスらと共に試合に出ている事が凄い。
しかしながら
彼には申し訳ないのだが、全くJリーガーのオーラはない。
そして彼はファッションにも、クルマにも興味なし、コンパ・飲み会にもあまり興味なし。
興味があるのはサッカーだけ。
「ホンマに?」
と思うかも知れないが本当なのである。
「素朴な永遠のサッカー小僧」
マエちゃんにはこのコピーがぴったりハマる。
私はそれでいいと思う。
若い時には好奇心が旺盛でたくさん誘惑がある中、サッカーだけに100%集中し精神的に打ち込める選手は少ないのではないか。
彼みたいなタイプが一気に上までのぼり詰める可能性が高いのかも知れない。
この「素朴な永遠のサッカー小僧」がオシムジャパンに名を連ねる可能性は十分にある。
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セゾンFC・関西大の後輩で、現在京都サンガの強化指定選手である安藤淳がこう言っていた。(彼についてもまた記す)
「マエちゃんとね、地元でたまにビリヤード行くんすけどね・・・・・。」
「いつもワリカンなんすよ・・・。」
(失笑) そ、それくらいは出したれや・・・・・。
まぁ彼らしいと言えば彼らしいが(笑)
彼ならではの仰天エピソードはまだまだあるがまた綴ることにしよう。
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2006年08月24日
2006夏、琵琶湖を見つめ思う。

先日、滋賀に帰った。
この4年、今までフットボール中心だった生活から一転、東京で仕事中心の生活を送ってきた。おかげで年末年始以外、出張でないとほとんど帰る事はない。
ブラジルでも感じなかったし、毎日がある程度充実しているせいで郷愁感にかられる事は全くない。
実際滋賀に戻って仕事をする気はないし、今では完全に東京が活動の拠点になってしまった。
大都会特有のスピードの速さと情報量の多さは、好奇心旺盛な私とすごく相性が良いみたいだ。
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新幹線で【京都】駅に着き、聞き慣れた筈の関西弁になぜか少し違和感を感じながら、米原方面の東海道本線・新快速に揺られる事10分強。【山科】を越えて、トンネルを抜けて少ししたら見える水色。
それを見ると湖国に帰ってきたと実感する。
【大津】を出てしばらくすると左手に見えてくるパルコと西武。
カラダがダイダイ色の普通電車しか止まらない湖国で最もアツい駅【膳所】を越えるとの最寄り駅【石山】だ。(全日本女子バレーのパワフルカナこと大山加奈選手が出没するらしい)
「オレってこんなええとこに住んでたんやなぁ。」
一番最初にそう感じたのは10年前にブラジルから帰国した時。
大阪・伊丹空港から名神高速で京都東ICで降り、西大津バイパス経由でトンネルを抜けた瞬間に右一面に広がった大パノラマ。
なぜだかわからないが涙が出た。
その時の感動は今でも鮮明に覚えている。
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帰った時はどんなに忙しくても車で湖岸道路を走る事にしている。
瀬田の唐橋を越えて、ロイヤルオークホテルを右目に瀬田川沿いの並木道を行けば左手に見える近江大橋。
それをくぐるとすぐ琵琶湖に浮かぶ矢橋の帰帆島。
近づいてくる数年前に出来た異様とも言える程、立派な宗教法人の施設、確認しづらいがその横に小さく見えるセゾングランド。
さらに曲がりくねった道路をひたすら走ると現れる烏丸半島、一面に天竺を彷彿させるハスの絨毯が広がる。
これが滋賀(湖南エリア)で最もメジャーなドライブルート、湖岸道路。
よく練習場まで今日のメニューとテーマを考えながら走っていた。
爆音を鳴らし、ノリノリで「証言」を歌いながら走っていた。
何度もトラックをリピートして、リリックを考えながら走っていた。
湖国にいた頃はあまり思いもしなかったが、久々帰るとあの安堵感は何とも言えない。湖と共に育ってきた事を再確認する。
その貴重な時間があってこそ今の私がいると言える。
いつか湖岸を走りながら聴くと最高にアツいドライブソングを作りたい。
【Koojimc'z Remenber Recommend trackz】
証言・LAMP EYE
INNER CITY GROOVE・TOP RANKAZ
B-BOYイズム・ライムスター
TRIPLE M・ムーミン-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
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2006年08月17日
バックラインのボールの動きがまるで各駅停車のようだった。オシムジャパン第2戦、2007AFCアジアカップ・対イエメン戦。

「みなさんも不満が残る内容でしょう」
オシムジャパン初の公式戦、イエメンにセットプレーからの2得点でスコア上は快勝したものの、内容は不満タラタラにこう切り出した老将の言葉が全てを語っている。
開始直後から選手の動きが重く、判断とボールスピードが上がらない。
「止めて、見て、出して。また止めて。」
暑くて湿度も相当高くピッチコンディションが厳しかったのは間違いないのだが、オシムジャパンの標語のように使われている「考えて走る」というキーワードが全くできていなかった。引かれた相手に対しての打開策はセットプレーしかなかった。
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「平均身長で勝っているのだから高さを使え」
「ワンタッチでどんどん出していけ」
誰でもわかる、大物辛口解説者と元気系応援解説者の今日の勝利の為だけのコメントはさておき。
「平凡な動きだった」
後半から投入して流れを変えたジェフオシムチルドレンの羽生に対してもオシム監督は一刀両断。【4-4-2・ボックス】ではオフェンシブMFの2人の運動量が重要である。彼のサイドへの何発も動いたフリーランニングがイエメンにとって脅威になっていた。
彼の動き出しに反応できていなくてパサーが逃しているシーンを覚えてるだけで3、4回あった。それは絶対見逃してはいけない。確実に羽生の投入でリズムが生まれた。交代した遠藤は現在輝きを放っているプレーヤーだが、運動量の部分ではこのゲームでは光らなかった。
「バックラインのボールの動きがまるで各駅停車のようだった。」
素早くバックラインでボールを動かすのは当然必須の事だが、以前(→こちら)話した通りジェフのイリアン・ストヤノフのようにジャパンスタイルではセンターバックが前へ出てくるドリブルが必要になる時が必ず来る。
「多分総武線の事だろう」
そう先ほどの言い回しをリアルに回想しながら、メンバー大幅変更を示唆した銀髪の指揮官の厳しい中東遠征に向けてのメンバー選考を楽しみにしたいと思う。
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「考えて走る」
間違ってはならないのはこれは「武器」ではない。当たり前に出来るようにならなければならない「ベース」であるという事。
それが当たり前に出来た上で
「センス」
「テクニック」
が必要になってくるのである。
つまりそれを持っている選手ほど走らなければならないのである。
【関連記事】
→試合後オシム会見
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2006年08月14日
2006夏、この季節に思う。「あれから8ヶ月。」

今週16日にオシムジャパンは初の公式戦アジアカップ・イエメン戦を迎える。招集当日に現地集合即練習というまたも型破りなスタイルを披露した。オシムジャパンにはお盆も渋滞も一切関係ない。
先日のメンバーに加え、巻、羽生、阿部、佐藤勇らのジェフ・リアルオシムチルドレンとガンバから遠藤、加地が新たに招集され、海外組が何人呼ばれるかわからないが、このメンバーがオシムが考える日本代表の骨格になっていくものと思われる。レッズ中心のメンバーの中で「オシムスタイル」が浸透している千葉の選手が入った代表がどんな化学反応を見せるのか。これが興味深い点である。その量はまだ多くなくていい。個人的には全体通して結果や総合的なチーム力を評価するよりも、一瞬一瞬の輝き、言い換えると連動したコンビネーションのシーンを注目しようと思う。
監督のやろうとする事、言っている事を実際に具体的に体現できる選手が数名いる事で、他の選手への浸透率は格段に上がっていく。それで吸収力を高めた他の選手がその素質を生かして能力を発揮するようになっていく。そういう点でもこれからもジェフの選手が招集される可能性は高い。
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それはさておき。
「セクシーフットボール」で今年の高校選手権を優勝した滋賀・野洲高校に数多くの選手を送り込んだセゾンFCも、カテゴリーは違えどこのスタイルで長年やってきた。小学生からジュニアユースに上がる際、セゾン生え抜きの選手に他少年団育ちの選手が加わる。最初は監督の言葉にとまどい、落ち着けなかった他選手も、先輩や生え抜きの選手のプレーを見て段々セゾンスタイルを吸収していくようになる。そして元来持っていたパーソナリティをプラスアルファで発揮できるようになっていく。仕上がり状況はその年の選手の質によってまちまちなのだが、チームが弱くても強くてもそのコンセプトが変わる事は絶対にない。(現在は少年はスクールのみ、「小中一貫」から「中高一貫」へシフトチェンジしたことによりそのスタイルは失われた。)
その最高傑作が先述の野洲高校の選手達であった。
【セゾンFC・野洲高校については詳しくはこちらをどうぞ】
あの優勝から8ヶ月が経った。彼らの近況はどうなっているのか?
前向きに頑張っている選手もいるが、困惑したりとまどっているのが現状であるようだ。(具体的な名前を記すのは避ける)
今まで小・中・高と一緒のチームでやってきた選手達が初めて、Jや大学などで別々の環境でサッカーをする事になった。(中・高の選手もいる)
阿吽の呼吸で分かり合えているチームメート、コンセプトも一貫してきた今までの環境と違い、それぞれのチームで求められる事も言われる事も今までとは全く違う。
「ボールが思ったように来ない、味方が思うように走らない」
「守備の事をうるさく言われる、早くボールを出せと言われる」
ただそれは当然の事であり、数多くの先輩達が通ってきた道なのである。誰もがぶち当たってきた壁なのである。
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プロになりたいという志を高く持ち、達成していく為にはそこで求められている事を必死でやる必要がある。
こだわりを捨てれず、素直に意見を受け容れられず、才能があるにもかかわらず挫折した選手は数多くいる。
「あんときもうちょっとやっておけばよかった。」
そう思っている奴がほとんどである。
その中でこだわりを良い意味で捨てて、その環境でやるべき事をやり自分に負けず向き合ってきた奴がプロになっている。
「フィジカルの強化」
「守備力のアップ」
「プレーのムラをなくす」
それぞれに色々課題はあるのだろう。
「展開のダイレクトパス」
「ワンツーからミラーパス」
「変幻自在のドリブル」
「ノールックスルーパス」
「逆を取る卓越したテクニック」
言い換えるとこれらのやりたい今まで自分のやってきた事は「武器」として隠さないといけない。自分に足りない事をある程度やれるようになって初めて今までの自分の「武器」を出す事ができるのである。それは大人になるにつれて、誘惑も多くなり感受性も強くなる状況で結局は真剣にサッカーに向きあえるか、志を高く持ち続けれるかどうかにかかっている。
何も成し遂げてはいないが、真摯にフットボールに向き合ってきたから少なからずこの点に関して私もよくわかる。
それらは人に言われてわかる事でもないのだが、この壁を越えてこそ志に近づく。
一人で抱え込む必要はない。いつでも話してくれたらいい。
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2006年08月10日
オシムジャパン初戦。ここにもこみあげる想いが。

「考えて走るサッカー」
一言で片づけるには「時間」と「努力」が必要なスタイル。独自のジャパンスタイルに向けて銀髪の指揮官に率いられた日本代表の新たな船出はアレックスの2ゴールでトリニダード・トバゴに快勝、その長い予定航路の方向性を示したように思う。
だがメンバーも流動的に大幅変動していくと予想される状況で、内容と感想をまだ述べるには早すぎる。
「チームに献身的な、技術的にも精神的にも身体的にも90分戦い抜ける選手」
ただオシムが求める選手像がこれなのは明らかのようだ。
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「もしもしコージ、久しぶりやなぁ。」
ゲーム終了後に、感極まった声で久々に電話をかけてきたのはブラジル時代を共に過ごしたY氏。
「オレ国歌斉唱でアイツが映った時、色んな事がこみあげてきて、泣いてしもたわ・・・。」
アイツとはもちろん山瀬功治の事である。彼は私より6つ上の大阪人。当時彼は25歳、私は19歳、そしてヤマセはY氏よりも一回りも下の若干13歳。既に大人だったY氏にとってヤマセは、チームメイトというよりは近所の小さいコ感覚であり、ヤマセにとってもY氏は保護者や教師のような存在だった。自分の事しか無関心なY氏が、よく彼には小言を口うるさく言っていたのを思い出す。
「ブラジルにさえ行けばうまくなれる。ブラジルにさえ行けばプロになれる。ブラジルにさえ行けば勝手に言葉を話せるようになる」
時間とお金を無駄にして「努力」も「意識」も足りない連中が多いのがブラジル留学の現状だった中(もちろんそうでない連中もたくさんいたのだが)
「オレはプロになりたいわけでも指導者になりたいわけでもないねん。一生のうち好きなブラジルで思い切りサッカーをしたかってん。後悔したないしな。」
はっきりとした自分の目的を持ち、自分で稼いだ金でブラジルへ来て、毎日を誰より120%で打ち込んでいたY氏を私は尊敬していた。
プロ選手たるものは、プレーで人を感動させるのが仕事である。その姿を見て感動し、勇気やパワーをもらう。感動や興奮をもらえるから客はお金を払う。
その中でも日本代表というものは特別な存在である。
サッカーのみならず、オリンピックやWBC、さまざまなスポーツも同様である。日本を応援してしまう。勝てば気分がいいし負けると気分が悪い。日常生活の中で一番自分が日本人であることを自覚させられる瞬間である。
さらには自分に関わった人間が、日本を代表して戦う姿を観るのは相当感慨深いものであった。今回は全てをフラットに観るつもりだったのだが色々な事を思い出して、これを書かずにはいられなかった。
幸せな事に私にはそういう檜舞台で活躍するチャンスを持っている連中がたくさんいる。彼らからまた勇気や興奮、感動をもらうのだろう。私も微力ながらこのブログで勇気や興奮、感動を与えれたらと思っている。
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真摯に過ごした濃密な時間はどれだけ経っても色褪せる事はない。やはりフットボールは素晴らしい。
大阪のオッサン、Y氏がヤマセの勇姿を観て流した涙。
それは十数年の思いの熟成された「男泣きプレミアムティアー」とでも言っておこう。
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2006年08月08日
いよいよオシムジャパン初陣。

注目のオシムジャパンの初陣がいよいよ明日に迫った。
選手発表から、類を見ないオシムスタイルが炸裂した。(→こちら)
発表日の延期、そして人数の変更。普通は23名招集だが呼ばれたのは18名。この記事を書いている最中にDF青山直晃が追加招集され19名になったのだが、それはおそらく今野がケガで出場できるかが不透明だからであろう。
故に【18】という数字をキーワードに今回は書く。
GK
川口 能活(磐田)
山岸 範宏(浦和)
DF
アレックス(浦和)
坪井 慶介(浦和)
闘莉王(浦和)
駒野 友一(広島)
※栗原 勇蔵(横浜FM)
※青山 直晃(清水)
MF
※中村 直志(名古屋)
※鈴木 啓太(浦和)
※山瀬 功治(横浜FM)
田中 隼磨(横浜FM)
今野 泰幸(FC東京)
小林 大悟(大宮)
長谷部 誠(浦和)
FW
我那覇和樹(川崎)
佐藤 寿人(広島)
田中 達也(浦和)
※坂田 大輔(横浜FM)
※は追加招集
千葉、ガ大阪、鹿島などから選べないという制限があったからだとは思うが、このJリーグ中断中に選手を取られるクラブ側の事も配慮して、この【18】という数字は理にかなった人数である。
【18】=【11】+【6】+【1】
先発11名、交代6名、控えGK1名。(国際Aマッチの交代人数は6名まで。)
「呼んだら使う。使わないなら呼ばない。」
こういうメッセージが読みとれる。
タイムリーにこのブログで書いたばかりのマリノスの山瀬功治が招集されたのは私も驚いた。上の招集メンバーから見るように各所属チームで出場してコンディションのいい選手が選ばれている。ただこれは何もデータがないフラットの状況であったからであるし、これからはそうでない可能性もある。(当ブログ応援選手にもチャンスはある。ケガでリハビリ中のヴァンフォーレ倉貫、ガンバ前田、そしてジェフ青木・・・。)
16日のイエメン戦には追加招集を示唆しているオシム監督、今回の招集メンバーの入れ替えの可能性もあるという。ダメだったらすぐ外されるという事か。
そういう意味では山瀬は本当にいいチャンスを掴んだ。それは彼の我慢と忍耐の日々のご褒美であると私は思いたい。
「キーワードはスピード」
考える速さ、プレーする速さ、プラスアルファ技術の速さ。思った以上に求められているスピードが全てにおいて速い。特にゲーム状況に対応する速さには重点を置いているのがよくわかる。(こちら)
システムもメンバーも予想する事は今回はしないほうがいいだろう。見る側もフラットに見る方が面白い。
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2006年08月02日
支えた想い。山瀬功治復活。

先日7月30日、日産スタジアム。
アルビレックス新潟戦で当ブログ応援選手(彼とのエピソード)の山瀬功治(横浜マリノス)が252日ぶりに先発出場し、祝うべき復活ゴールを決めた。苦しいチーム状況の中、大事なゲームで勝利に貢献した。
実際は「ケガから復帰おめでとう」と軽く言ってしまうだけでは表現できないくらい様々な思いがそこにはある。
彼はプロになってから3度の大ケガを負っている。両膝靱帯断裂、そして腰。サッカー選手としてケガをしてプレーができない時ほど辛い時はない。
彼は24歳の若さにして3度も大ケガを負い、それを経験しているのだ。常にあった重圧ともどかしさは我々の想像以上のものであろう。
「靱帯の時は、手術してリハビリしてって長期間かかっても治る段階がわかったんですけど、腰の場合はどうしようもないから、正直かなり辛いです。」
サッカーはもちろん日常生活にも支障をきたす程の痛みがあり、手術に踏み切る前の彼の言葉。その時に彼にかける言葉は「がんばれ」しか私は言えなかった。
しかしながら「がんばれ」という一見ポジティブな言葉は、非常に無責任な言葉であると思うのである。本当の気持ちが入ってなくても言える便利な言葉であると思うのである。でも私は心の底から「がんばれ」と言うことしかできなかった。
彼らの辛いケガの日々忘れないようにと、毎日書き綴ったプライベートブログがある。(それは完全会員制で幸運にも好意で私は閲覧することを許されている。山瀬夫婦に感謝。)
具体的には書けないのだが、そこには心の底からサポートする奥さんの「想い」がたくさん詰まっている。同時に彼の「想い」も。彼女なしでは彼はありえないし彼なしでも彼女はありえないのだろう。
その「想い」は私の心を打った。その「想い」の存在をいつかここで書きたいと思っていた。そしてその「想い」が報われた事をこのブログで讃えたい。
近いうち祝いの杯をあげようか。
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